ありがとう!ミズ・キッチン! 

ありがとう!ミズ・キッチン! 

ミズ・キッチン

昔、バンコクでステーキと言えば、この名店です。

バンコクには学生時代の長期旅行のときから来ています。

バンコクを拠点にしてインドやバングラディッシュ、インドシナをまわったり。

1997年になると駐在員としてバンコク赴任がはじまりました。その当時、ビーフ・ステーキを食べることは結構むずかしかったんです。

いまのバンコクでは考えられないぐらいにその手のレストランも少なかったし、あっても高くてたべれなかった。そして安いところはゴムゾーリと例えられるまずさでした。

その当時、ビジネスと性風俗と観光地がごっちゃになったパッポン通りにあった日本風の洋食屋、そこがミズ・キッチンです。創業はなんと1957年。

安い価格でステーキをだしてくれる店で、ビーフステーキの「サリカ・ステーキ」と鯖の「サバ・ステーキ」はこのレストランの名物でした。

当時は日本人駐在員からバックパッカーまでいろんな人種で賑わっていましたね。

その名店が3月いっぱいで閉めるときいて、これは行かねば!という事で、そろそろ日本に帰任してしまう、友人の鉛中毒患者の送別会も兼ねて、最後のサリカ・ステーキをくらいにいってきました。

ちょいと前のバンコクおもいだしたよ

話はそれますが、その当時バンコクの中心といえば、シーロム、スリウォン界隈でした。日系の会社もこの周辺かアソーク周辺に集中していました。若かりし頃の僕もサラデーンに住んでいました。いまではおしゃれな通りで日本人も多く住む、トンローやエカマイなんて、バンコクじゃない!ぐらいに田舎扱いだったんですよ。

久しぶりにこの界隈をあるいて、当時のことをいろいろおもいだしました。

送別会

鉛中毒患者とはこの10年ぐらいで仲良くなった、釣り友達。

それ以前も、ちょろちょろとやり取りはあったみたいです。

学生時代の面識はありません。

でも今になって思うと、色んな所ですれ違っていたんだな!と思い出が重なるのです。

その期間も結構ながい。

タイでのお仕事の生活が長くなればなるほど、その当時の思い出話ってなかなかできないんですよ。

それは皆さん違う人生歩んでるし、価値観も違う。

でも、彼と話していると、いまでも僕らは旅をしている気になれるのです。

日本に行ってしまうと、率直に、寂しくなるけどね。

これまでの付き合いは、まだまだ長い付き合いのほんの一部とおもい、今後も楽しい関係を続けたいな

話はミズ・キッチンにもどります。

看板も店内も当時のまま。

いや、もっと進化しているかも。

クロスター!懐かしい。

料理は閉業間近ということで、材料があるものだけと・・・

お目当てのサリカ・ステーキは残念ながらビーフがないため、ポークになってしまいまいた。

そしてサバステーキ。

オーナーの娘さんがまだいて、鉛中毒患者のことを覚えていました。

ちょっと感動しました。

なんか、すごいいろんな事をおもいだしました。

バターの味のステーキ。

すごく美味しく、若いぼくらのお腹をみたしてくれました。

ほんと楽しかったよ。これからも楽しいとおもう。

ありがとう。

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